ミラノの古城に眠る「ピアノの祖先」たち:スフォルツェスコ城・楽器博物館で知る音の進化

ミラノの街にどっしりと構えるスフォルツェスコ城。かつての城主たちの権勢を象徴するこの堅牢な城塞の中に、音楽ファン、とりわけピアノを学ぶ私たちが決して素通りできない場所があります。それが「楽器博物館(Museo degli Strumenti Musicali)」です。

前回のコラムではドゥオーモの巨大な響きについてお伝えしましたが、ここスフォルツェスコ城では、もっとパーソナルで、繊細な「指先の歴史」に触れることができます。今回は、ミラノの古城で出会った貴重な楽器たちを通して、私たちが普段弾いている「ピアノ」という楽器の真の姿を紐解いてみましょう。

1. ピアノが「ピアノ」ではなかった頃の姿

博物館の展示室に進むと、まず目を引くのが豪華な装飾が施されたチェンバロやスピネット、そしてクラヴィコードといった古い鍵盤楽器たちです。現代のピアノは、正式名称を「グラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ(弱くも強くも弾けるチェンバロ)」と言います。

ここには、その「ピアノ」という名前がつく前の、弦を爪ではじいて音を出す時代の楽器が数多く展示されています。これらの楽器を眺めていると、バッハやスカルラッティといったバロック時代の作曲家たちが、いかに繊細で、かつ軽やかな音を求めていたのかが肌で感じられます。現代のピアノのような大きな音は出せなくても、そこには独自の豊かな宇宙が広がっていたのです。

2. ショパンやリストが愛した「フォルテピアノ」の衝撃

さらに展示を進めると、現代のピアノに少し近づいた姿の「フォルテピアノ」が現れます。ベートーヴェンやモーツァルト、そしてショパンたちが実際に弾いていた時代の楽器です。現代のグランドピアノと比べると、筐体は木製で華奢に見えますが、その音は驚くほど多彩で、人間の声に近い表情を持っています。

これらの楽器を知ることは、ピアノ学習者にとって楽譜の読み方を変える大きなきっかけになります。例えば、楽譜に書かれたスラーやスタッカート。現代のピアノでは難なく出せてしまう音も、当時の楽器では工夫を凝らして表現していたものです。楽器の進化の過程を知ることで、作曲家たちが楽譜に込めた執念のようなものを感じ取ることができるようになります。

3. 楽器の装飾から学ぶ「音楽への敬意」

スフォルツェスコ城に展示されている楽器たちのもう一つの特徴は、その美しすぎる装飾です。蓋の裏側に描かれた見事な油絵、象牙や貴石を用いた細密なインレイ。これらは単なる贅沢品ではなく、当時の人々がいかに音楽を「神聖で、生活を彩る最高のアート」として大切にしていたかの証です。

ピアノは、ただの練習道具ではありません。ミラノの貴族たちが愛した楽器のように、私たちの部屋にあるピアノもまた、音楽という魔法を生み出す特別な存在です。美しい楽器たちを目にした後は、いつもの練習室のピアノが、少しだけ違った表情に見えてくるはずです。一音一音を大切に響かせることが、音楽への一番の敬意であることを、この博物館は教えてくれます。

4. 城の静寂の中で「音の歴史」を呼吸する

時を越えて引き継がれる音のバトン

スフォルツェスコ城の分厚い石壁の中は、外のミラノの賑やかさが嘘のように静まり返っています。その静寂の中で古い楽器たちと向き合っていると、数百年前にこれらを奏でていた人々の指の動き、そしてその音に耳を傾けていた人々の息遣いまでが聞こえてくるようです。

音楽は目に見えない芸術ですが、楽器という形を通して確実に現代の私たちへと引き継がれています。私たちが今日練習する曲も、こうした気の遠くなるような時間の積み重ねの先にあるのです。ミラノを訪れたら、ぜひこの城の中で、音楽の長い旅路に思いを馳せてみてください。

5. まとめ:歴史を知れば、ピアノはもっと楽しくなる

「三大巨匠」「スカラ座」「ドゥオーモ」と巡ってきたミラノの音楽の旅。その締めくくりとして訪れたスフォルツェスコ城の楽器博物館は、私たちに音楽の根っこを見せてくれました。古い楽器の形を知り、その時代に生きた人々の感性に触れることで、あなたのピアノ演奏はより知的で、情緒豊かなものへと変わっていくでしょう。

ミラノの歴史が教えてくれたたくさんのヒントを胸に、これからも一歩ずつ、ピアノとともに歩んでいきましょう。素晴らしい音楽の世界は、いつでもあなたの指先から始まります。旅の思い出を胸に、新しい気持ちで鍵盤に向き合ってみてください。