ミラノの象徴「ドゥオーモ」を訪ねて:巨大な大聖堂の響きが教えてくれるピアノの「残響」と「音色」

ミラノの街の中心に、白く輝く巨大な山のようにそびえ立つ「ドゥオーモ(ミラノ大聖堂)」。その135本もの尖塔が空を刺すような外観を前にすると、あまりの神々しさに言葉を失います。前回のコラムではオペラの聖地「スカラ座」をご紹介しましたが、実はそのすぐ近くにあるこの大聖堂もまた、音楽を学ぶ私たちにとって欠かせない「学び」の場所です。
今回は、ミラノの象徴であるドゥオーモを訪れて感じた、ピアノ演奏にも通じる「音の空間」と「鍵盤楽器のルーツ」についてお伝えします。世界最大級のゴシック建築が持つ圧倒的なスケール感は、私たちの音楽観に新しい視点を与えてくれます。
1. イタリア最大級のパイプオルガンが奏でる「音のシャワー」
ドゥオーモの内部に一歩足を踏み入れると、外の喧騒が嘘のような静寂と、冷たく澄んだ空気に包まれます。そして見上げて驚くのが、イタリア最大、世界でも指折りの規模を誇るパイプオルガンの存在です。ピアノは鍵盤を叩いて音を出す楽器ですが、そのルーツを遡れば、オルガンのような鍵盤楽器に行き着きます。
ドゥオーモのオルガンは、なんと1万5千本以上のパイプを備えています。この巨大な楽器が奏でる音は、単なる音ではなく、建物の空間全体を震わせる響きそのものです。ピアノでバッハなどのバロック音楽を弾く際、この「オルガンのような持続する音」や「大聖堂を包み込む響き」をイメージできるかどうかで、演奏の奥行きは劇的に変わります。
2. 「残響」を知ることで変わるピアノのタッチ
ドゥオーモのような巨大な石造りの空間では、音が発せられてから消えるまでに数秒、あるいはそれ以上の残響が残ります。この残響こそが、ヨーロッパ音楽が育んできた美しさの源泉です。ピアノを練習していると、どうしても鍵盤をいつ押すかというタイミングばかりに意識が向きがちになります。
しかし、ドゥオーモの響きの中に身を置くと、音をどうやって空間に放ち、どうやって消えていくのを見送るかという視点が生まれます。ペダルを使って音を響かせる時、あるいは指を離して音を切る瞬間。ドゥオーモの圧倒的な大空間をイメージしながら演奏することで、あなたのピアノの音色はより豊かで、説得力のあるものへと進化するはずです。
3. 外観の細かな装飾とピアノ作品の「細部」
ドゥオーモの外観を近くで見ると、そこには無数の聖人たちの彫刻や繊細な装飾が施されていることに驚かされます。遠くから見た時の堂々とした立ち姿と、近くで見た時の気の遠くなるような細密な手仕事の両立こそが、ドゥオーモの真の美しさと言えるでしょう。これはピアノの名曲にも共通しているポイントです。
例えばベートーヴェンのソナタを弾く時、全体の大きな構成であるドゥオーモの全体の姿を把握すると同時に、一つ一つの装飾音やスタッカートのニュアンスという壁面の彫刻を丁寧に仕上げていく。ミラノの人々が何百年もかけてドゥオーモを完成させたように、私たちも日々の練習で一音一音を丁寧に彫り込んでいくことで、揺るぎない音楽を築き上げることができるのです。
4. ミラノの歴史が教えてくれる「音楽の持続性」
数世紀にわたる美意識の結晶
ドゥオーモの建設は14世紀に始まり、完全に完成したのは19世紀、ナポレオンの時代までかかりました。前回のコラムで紹介したヴェルディやプッチーニといった巨匠たちも、完成途上の、あるいは完成したばかりのこのドゥオーモを日々眺めながら、自分たちの音楽を磨いていました。
何世紀にもわたって受け継がれてきた美意識が、今のミラノの音楽シーンの根底に流れています。ピアノのレパートリーも、数百年前に書かれた作品を私たちが現代に蘇らせるという、非常に息の長い文化活動です。ドゥオーモの重厚な石造りの壁を前にすると、音楽を学ぶということがいかに壮大で、価値のある歴史の一部であるかを強く実感させてくれます。
5. まとめ:心の中に「自分だけのドゥオーモ」を
ミラノのドゥオーモを訪れて得た感動は、あなたのピアノ演奏に新しい色を加えてくれるでしょう。広い空間を包み込むような豊かな響き、そして細部まで徹底的にこだわった精緻な装飾。次にピアノの前に座る時、一度目を閉じて、あの白く輝く大聖堂の空間を思い出してみてください。
鍵盤から放たれる一音が、ドゥオーモの天井へと昇っていくような、そんな自由で壮大なイメージを持って弾くことができれば、あなたの演奏はもっと美しく輝き始めるはずです。旅の記憶を音に変えて、今日も楽しくピアノに向き合っていきましょう。
