ピアニストは腕時計をしない?先生の手首から見えてくるもの

ピアニストは腕時計はしない? ピアノの先生が腕時計をしていたら、ピアニストではないかも?――そんな噂を耳にしたことはないでしょうか。発表会やコンサートで、ステージに出てくるピアニストの手元をよく見てみると、たしかに腕時計をしていない人が圧倒的に多いものです。「え、うちの先生、レッスンのときいつもゴツい腕時計してるけど…?」と、ちょっとザワッとした保護者や生徒さんもいるかもしれません。

でも、この話題には「迷信」と「現場感覚」が入り混じっています。今回は、腕時計とピアニストの関係をほどよく冷静に、でもピアノ教育現場目線で深掘りしてみましょう。

なぜピアニストは本番で腕時計をしないのか

まず大前提として、プロのピアニストが本番のステージで腕時計を外すことが多いのは事実です。理由はいくつかあります。

一番大きいのは、身体的な理由です。手首に重さや固いものがついていると、繊細なタッチや大きなフォルテのときに、わずかな違和感や重さとして返ってきます。わずかなブレやストレスが気になるレベルまで身体と感覚を研ぎ澄ましている人にとっては、数十グラムの時計でも邪魔に感じるのです。

もうひとつは、音や傷のリスク。金属バンドや大ぶりの時計だと、ふとした拍子にケースに当たって「カチッ」と音がしたり、鍵盤蓋や側板を傷つけたりする可能性があります。ステージ上のフルコンサートグランドは何百万円〜何千万円という世界。少しでもリスクを減らしたいと思うのは、プロとして当然の感覚です。

そして「見た目」の問題もあります。クラシックの舞台では、衣装や所作も含めて作品の一部です。そこでキラキラ目立つ時計がチラチラしていると、聴衆の視線が演奏より手元の時計に向かってしまうことがあります。音楽以外の情報要素はなるべく削ぎ落とす、という美意識も背景にあります。

じゃあ、腕時計をしている先生は“プロじゃない”のか?

ここで本題です。「ピアニストは腕時計をしない」→「腕時計している先生はピアニストじゃない」というショートカットは、さすがに乱暴すぎます。

まず、プロでも普段の練習やレッスンのときは時計をしている人は少なくありません。むしろ、時間管理のために小さなスマートウォッチをつけている演奏家もいます。長時間の練習や移動を伴う生活では、時計がないと困る場面も多いからです。

大事なのは、本番や重要な場面でどうしているか、という点です。ステージや審査、本気の録音のときには外す、というスタイルの人が多いだけで、日常的に一切つけないわけではありません。

また、先生側の立場から見ると、レッスン中の腕時計にはこんな役割もあります。時間配分をさっと確認する(次の生徒の入り時間、曲数のバランスなど)、スマホをいじらずにさりげなく時刻だけチェックしたい、日常生活全体の中で動いているので、完全に“演奏専用モード”にはなっていない、などです。

つまり、「ステージ最前線のピアニスト」としての顔ではなく、「教育者」としての機能や生活リズムを優先している、という面も大きいのです。

レッスン中の腕時計、実はこんなサインかもしれない

とはいえ、腕時計のあり・なしから“先生のタイプ”が透けて見える部分も、正直あります。

ステージ経験が豊富な先生ほど、大きく重い時計は避ける傾向があります。金属バンドやブレスレットなど、手首まわりのアクセサリーを自然と控えるクセがついている人も多いです。本番前のレッスンでは、無意識に時計を外している先生もいます。

つまり、常に装飾がっつり、ゴツい腕時計を両腕につけたまま、強いタッチでガンガン弾いているようなケースは、少なくとも“本番仕様の体づかい”をあまり気にしていないタイプの可能性はあります。

それは“悪い先生”という意味ではなく、「本番のピアニスト感覚」よりも、「指導や教室運営のほうが軸になっている先生」という見方もできます。先生に何を求めるかによって、この点の評価は変わってきます。

子どもにとって大事なのは、時計より“音”と“姿勢”

保護者の立場からすると、「時計をしている→していない」で先生を判断するよりも、チェックしたいポイントは他にたくさんあります。

弾いているときの手首の柔らかさや腕の使い方は自然か、生徒の脱力やフォームを言葉とデモンストレーションで丁寧に教えてくれるか、生徒の身体の小ささや骨格に合わせて、無理のない弾き方を考えてくれているか、そして何より、出ている音そのものがきれいで説得力があるかどうか。

これらがしっかりしている先生なら、たとえシンプルな腕時計をしていても、指導力としては何の問題もありません。逆に、時計をしていないのに、腕や手首がガチガチで、力任せの音しか出ていない先生なら、本末転倒です。

本物のピアニストかどうかを見分けるなら

「この先生、ピアニストとしても本物なのかな?」と気になる場合、見るべきは腕時計より次のような情報です。

過去や現在の演奏会歴(どんなホールで、どんなプログラムを弾いているか)、コンクールやオーディションでの実績(受賞歴、審査員経験など)、録音や動画(YouTubeや発表会動画など)での演奏クオリティ、プロの場で継続して弾き続けているかどうか。こうした要素のほうが、はるかに信頼度の高い判断材料になります。

「腕時計」はあくまで“そういう感覚を持っていそうだな”という小さなサインの一つに過ぎません。看板だけ“ピアニスト”を名乗ることはいくらでもできますが、実際の音と活動歴はごまかしようがない部分です。

まとめ――腕時計よりも、その先生の“音”を見てほしい

ピアニストが本番で腕時計を外すのは、感覚・安全性・美意識の面から合理的な選択です。一方で、日常のレッスンや生活の中で腕時計をすること自体は、プロでも珍しいことではありません。

「腕時計をしているからピアニストではない」「外しているから一流だ」といった短絡的な見方ではなく、その先生の音、身体の使い方、指導の中身、実際のステージ経験――こうした総合的な観点で先生選びをしてほしいところです。

ピアノの先生も、ピアニストも、人それぞれスタイルや価値観があります。大事なのは、目の前の子どもにとって良い音楽の未来を作ってくれるかどうか。「先生、ステージのときは腕時計どうしているんですか?」そんな素朴な質問から、先生の本番への向き合い方や、ピアニストとしての一面が見えてくるかもしれません。